精神科電気けいれん療法(ECT)
はじめに
精神科電気けいれん療法(以下、ECTと表記)は1938年以来、多くの患者さんに行われている精神科専門療法の一つです。電気で頭部を刺激することにより、脳のけいれんを誘発し、様々な精神疾患によって障害を受けた脳の機能を回復させようとする治療法です。自殺の危険が切迫したうつ病などでは第一選択の治療法とされており、さらに精神症状が重く、全身状態が悪化している症例において、副作用などで薬物療法の効果が期待できず、速やかな治療が必要な場合などでもECTは有効性と即効性のため、未だに欠かせない治療手法です。
当院では平成18年6月より症例を厳選してECTを行っており、平成28年8月末日現在で181人の方に延べ2,500回を超えるECTを行い、特記すべき合併症もなく安全に行っております。
当院での主たる適応はうつ病であり、中でも中高年以降の微小妄想(罪業、貧困、心気妄想)伴い、また拒食、拒薬、自殺念慮がつよい重症の症例にECTを行い、90%以上症例で十分な効果が得られています。他の疾患では統合失調病緊張型 遅発性緊張病、疼痛性障害などでも有効です。
高齢者は若年者に比して、薬物療法による副作用が出やすく、病状の改善が遅れると、褥瘡、肺炎、尿路感染症などの身体合併症が生じることがあります。そのため、ECTにより早期に病状を改善させることは非常に有用です。当院での実施ケースでは高齢者により適応が多いと思われます。また維持・継続的にECTが必要な方は外来通院でも行っています。
治療の申し込みから適応の判断について
1.診察を行った主治医が精神症状からECTが適応かどうか判断します。
病状から医師が勧める場合
患者様が希望する場合
精神疾患として適応であるか吟味(医師、患者)
薬物療法の余地が本当にないのか
ECTにより精神症状が悪化しないか
2.患者様の身体的な状態がECTや麻酔を行っても安全か確認します。
身体診察 心電図、頭部CT 脳波 採血など各種検査を事前に実施
3.他の医師、看護師など主治医以外の医療スタッフの意見を聞き、適応が妥当か決定します。
4.本人、御家族へ最終的な説明を行い、治療への同意書に記入していただきます。
また、身体管理面などにおいて、ご入院していただいてECTを実施しております。
治療の具体的内容(当院での流れ)
ECTの実施にあたり、実施日当日は朝食・昼食は抜いていただきます。少量の飲水は開始3時間前まで可能ですが誤嚥の可能性が高くなるため、できるだけ控えていただきます。その代わり脱水にならないように午前中から点滴を始めます。
実施時間になりましたらECTを行う外来処置室へ移動していただきます。
入室後に頭部4カ所(左右の額と耳の後ろ)に脳波用の電極と通電用の電極を頭部のこめかみの部分に装着していただきます。
続いて心電図、血圧計の駆血帯、指には経皮的酸素飽和度測定用のセンサーを取り付けます。さらに左足に筋電図用の電極を貼り、その上部に駆血帯を巻きます。
次に酸素マスクをしていただきます。状態に応じてアトロピンという通電のショックから心臓への影響を減らし、気管の分泌物や唾液を出にくくする薬を注射して5分間待ちます。そしてまず麻酔薬(眠らせる薬)を注射します。
そのときに注射した腕に少し痛みを感じる場合がありますが、この時点でご本人は眠られるのでここまでの記憶しか残りません。次に筋弛緩薬を注射します。これで全身のけいれんが起こらなくなりますが、呼吸も止まるため酸素マスクを用いて人工呼吸を始めます。
筋弛緩薬の効果が確認された後、頭部への通電(5~6秒程度を1回だけ)を行います。脳波で通電の効果を確認し、麻酔から回復するのを待ちます。心電図などで異常無いか確認し、処置室からストレッチャーで退室します。開始から終了まで概ね20分程度です。自室か経過観察室で酸素吸入を受けながら安静にしていただき、約1~2時間の経過観察を行い、当日のECTスケジュールは終了となります。
ECTの適応
1.一般的に適応となる疾患とその症状
気分障害 | ・大うつ病 ・双極性障害(躁鬱病) ・重度の精神運動抑制 ・強い焦燥や不安感 ・強い希死念慮 ・精神運動興奮 |
---|---|
統合失調症 | ・緊張病 ・昏迷状態 ・強い希死念慮 |
統合失調感情障害 | ・精神運動興奮、あるいは抑制など上記の気分障害と統合失調症の適応を合わせた状態 |
その他 | ・悪性症候群 ・パーキンソン症候群 ・全身疾患に伴う急性精神病状態 |
2.適応となる一般的基準(米国精神医学会ガイドライン)
第一選択:向精神薬の使用を試みる前にECTが用いられる症例
① 精神・身体医学的に重篤で、迅速かつ確実な改善が必要な場合
② 他の治療の危険性がECTの危険性を上回る場合
③ 過去に薬物反応が不良か、ECTの反応性が良好であった一回以上の既往がある場合
④ 患者本人が希望した場合
第二選択:薬物治療の後にECTを考慮すべき症例
① 治療抵抗性
② 忍容性と副作用の点でECTが薬物療法より優れていると考えられる場合
③ 精神・身体医学的に悪化がみられ、迅速かつ確実な改善が必要な場合
3.当院でECTを行う実際の状態について(過去の一例)
- 症状が重度である
- 薬物療法を一定期間行っても改善がない場合
- 薬物療法による効果がないばかりか、副作用が強く耐えられない
- 重度の薬剤アレルギーで薬剤が十分に使えない
- 食事をたべないなどの理由により身体状態が悪化、消耗している場合
- 自殺の危険が切迫しており、早期の病状改善が必要
- 致死性が高い自殺未遂を行った症例(多くは救急救命センターから紹介されたケースなど)
ECTの施行期間と頻度
1クール6回を基準として一週間に2回の頻度で行い、主に6~12回(3週間~6週間)程度施行することが標準となっています。あまり短期間で頻回に行うと、記憶障害の危険度を増加させる可能性があり、こうしたリスクを回避するためおおよそ1ヶ月程度の間に定期的な間隔で行います。
多くの症例においては1クールで十分改善されます(68%)。特に著効例の多いうつ病や緊張型統合失調症について、1クールで十分改善される割合は、それぞれ、74%、53%です。
ECTの危険性(合併症、副作用)
ECTを実施するにあたり事前説明も行っておりますが、ECTを行う際に想定されるリスクについては2つあり、1つはECT(通電に伴う)によるもの、もう1つは全身麻酔によるものがあります。
ECTに伴う死亡、重度の障害の発生は5〜10万回に一回程度と言われています。全身麻酔単独による事故よりも少ないと言われています。多くが心血管系の合併症によるものです。
副作用ではECT後麻酔から目が覚めた直後に混乱する事がありますが、概ね一時間以内におさまります。しかしながら混乱の程度により安全のため体幹ベルトなどで一時的に身体拘束をする場合があります。また記憶の障害(日付、人の名前、住所など)が数日から数週間出ることがあります。
循環器系の副作用として、血圧上昇、頻脈がみられますが、いずれも一過性であることが多く、少量の降圧薬で改善されます。術後の頭痛を訴える場合もありますがこれも鎮痛剤で治まるものがほとんどです。
全身麻酔に伴うものとして鎮静剤による低血圧がみられることがあります。筋弛緩薬(全身のけいれんを起こさないために使用)の使用により呼吸が停止するため、人工呼吸を行います。ECTでは作用時間が短い筋弛緩薬を使用し、1週間に2回と頻回に施行するために、開腹術などで行う気管挿管は行わず、マスクを用いた人工呼吸を行います。(気管挿管を繰り返すと声帯が傷つくなどの影響がある。)そのため絶食、禁水が守られていないと、嘔吐などにより誤嚥、気道閉塞、肺炎が起こる可能があります。特に高齢の患者さんでは麻酔からの覚醒が遅くなる傾向があり、危険性が高くなります。
ただ、これまで当院では2,500回を超えるECTを行ってきておりますが重篤な合併症は起こっていません。
最後に
ECTは効果のある治療方法ですが、どのような症例にも有効な夢の治療法ではありません。当院では薬物療法を主体に相当期間治療してもどうしても改善が得られない場合に行っています。
他の医療機関から紹介された場合でも、まず薬物療法を行う余地がないかどうか十分に吟味します。(実際に当院での薬物調整で改善され、ECTを行う必要がなかった場合もあります。)
ECT後も薬物療法は継続することが多いため、患者さんそれぞれの効果や副作用についての情報が必要となります。(紹介状を戴くとき最も必要な情報です。)
医師から本人様、ご家族にECTを勧められた場合は比較的早期に行ったほうが良いですが、本人様、もしくはご家族がご希望される場合は担当の先生と十分にお話をされて、納得されたうえで行うことが重要だと考えます。
精神科電気けいれん療法(ECT)
はじめに
精神科電気けいれん療法(以下、ECTと表記)は1938年以来、多くの患者さんに行われている精神科専門療法の一つです。電気で頭部を刺激することにより、脳のけいれんを誘発し、様々な精神疾患によって障害を受けた脳の機能を回復させようとする治療法です。自殺の危険が切迫したうつ病などでは第一選択の治療法とされており、さらに精神症状が重く、全身状態が悪化している症例において、副作用などで薬物療法の効果が期待できず、速やかな治療が必要な場合などでもECTは有効性と即効性のため、未だに欠かせない治療手法です。
当院では平成18年6月より症例を厳選してECTを行っており、平成28年8月末日現在で181人の方に延べ2,500回を超えるECTを行い、特記すべき合併症もなく安全に行っております。
当院での主たる適応はうつ病であり、中でも中高年以降の微小妄想(罪業、貧困、心気妄想)伴い、また拒食、拒薬、自殺念慮がつよい重症の症例にECTを行い、90%以上症例で十分な効果が得られています。他の疾患では統合失調病緊張型 遅発性緊張病、疼痛性障害などでも有効です。
高齢者は若年者に比して、薬物療法による副作用が出やすく、病状の改善が遅れると、褥瘡、肺炎、尿路感染症などの身体合併症が生じることがあります。そのため、ECTにより早期に病状を改善させることは非常に有用です。当院での実施ケースでは高齢者により適応が多いと思われます。また維持・継続的にECTが必要な方は外来通院でも行っています。
治療の申し込みから適応の判断について
1.診察を行った主治医が精神症状からECTが適応かどうか判断します。
病状から医師が勧める場合
患者様が希望する場合
精神疾患として適応であるか吟味(医師、患者)
薬物療法の余地が本当にないのか
ECTにより精神症状が悪化しないか
2.患者様の身体的な状態がECTや麻酔を行っても安全か確認します。
身体診察 心電図、頭部CT 脳波 採血など各種検査を事前に実施
3.他の医師、看護師など主治医以外の医療スタッフの意見を聞き、適応が妥当か決定します。
4.本人、御家族へ最終的な説明を行い、治療への同意書に記入していただきます。
また、身体管理面などにおいて、ご入院していただいてECTを実施しております。
治療の具体的内容(当院での流れ)
ECTの実施にあたり、実施日当日は朝食・昼食は抜いていただきます。少量の飲水は開始3時間前まで可能ですが誤嚥の可能性が高くなるため、できるだけ控えていただきます。その代わり脱水にならないように午前中から点滴を始めます。
実施時間になりましたらECTを行う外来処置室へ移動していただきます。
入室後に頭部4カ所(左右の額と耳の後ろ)に脳波用の電極と通電用の電極を頭部のこめかみの部分に装着していただきます。
続いて心電図、血圧計の駆血帯、指には経皮的酸素飽和度測定用のセンサーを取り付けます。さらに左足に筋電図用の電極を貼り、その上部に駆血帯を巻きます。
次に酸素マスクをしていただきます。状態に応じてアトロピンという通電のショックから心臓への影響を減らし、気管の分泌物や唾液を出にくくする薬を注射して5分間待ちます。そしてまず麻酔薬(眠らせる薬)を注射します。
そのときに注射した腕に少し痛みを感じる場合がありますが、この時点でご本人は眠られるのでここまでの記憶しか残りません。次に筋弛緩薬を注射します。これで全身のけいれんが起こらなくなりますが、呼吸も止まるため酸素マスクを用いて人工呼吸を始めます。
筋弛緩薬の効果が確認された後、頭部への通電(5~6秒程度を1回だけ)を行います。脳波で通電の効果を確認し、麻酔から回復するのを待ちます。心電図などで異常無いか確認し、処置室からストレッチャーで退室します。開始から終了まで概ね20分程度です。自室か経過観察室で酸素吸入を受けながら安静にしていただき、約1~2時間の経過観察を行い、当日のECTスケジュールは終了となります。
ECTの適応
1.一般的に適応となる疾患とその症状
気分障害 | ・大うつ病 ・双極性障害(躁鬱病) ・重度の精神運動抑制 ・強い焦燥や不安感 ・強い希死念慮 ・精神運動興奮 |
---|---|
統合失調症 | ・緊張病 ・昏迷状態 ・強い希死念慮 |
統合失調感情障害 | ・精神運動興奮、あるいは抑制など上記の気分障害と統合失調症の適応を合わせた状態 |
その他 | ・悪性症候群 ・パーキンソン症候群 ・全身疾患に伴う急性精神病状態 |
2.適応となる一般的基準(米国精神医学会ガイドライン)
第一選択:向精神薬の使用を試みる前にECTが用いられる症例
① 精神・身体医学的に重篤で、迅速かつ確実な改善が必要な場合
② 他の治療の危険性がECTの危険性を上回る場合
③ 過去に薬物反応が不良か、ECTの反応性が良好であった一回以上の既往がある場合
④ 患者本人が希望した場合
第二選択:薬物治療の後にECTを考慮すべき症例
① 治療抵抗性
② 忍容性と副作用の点でECTが薬物療法より優れていると考えられる場合
③ 精神・身体医学的に悪化がみられ、迅速かつ確実な改善が必要な場合
3.当院でECTを行う実際の状態について(過去の一例)
- 症状が重度である
- 薬物療法を一定期間行っても改善がない場合
- 薬物療法による効果がないばかりか、副作用が強く耐えられない
- 重度の薬剤アレルギーで薬剤が十分に使えない
- 食事をたべないなどの理由により身体状態が悪化、消耗している場合
- 自殺の危険が切迫しており、早期の病状改善が必要
- 致死性が高い自殺未遂を行った症例(多くは救急救命センターから紹介されたケースなど)
ECTの施行期間と頻度
1クール6回を基準として一週間に2回の頻度で行い、主に6~12回(3週間~6週間)程度施行することが標準となっています。あまり短期間で頻回に行うと、記憶障害の危険度を増加させる可能性があり、こうしたリスクを回避するためおおよそ1ヶ月程度の間に定期的な間隔で行います。
多くの症例においては1クールで十分改善されます(68%)。特に著効例の多いうつ病や緊張型統合失調症について、1クールで十分改善される割合は、それぞれ、74%、53%です。
ECTの危険性(合併症、副作用)
ECTを実施するにあたり事前説明も行っておりますが、ECTを行う際に想定されるリスクについては2つあり、1つはECT(通電に伴う)によるもの、もう1つは全身麻酔によるものがあります。
ECTに伴う死亡、重度の障害の発生は5〜10万回に一回程度と言われています。全身麻酔単独による事故よりも少ないと言われています。多くが心血管系の合併症によるものです。
副作用ではECT後麻酔から目が覚めた直後に混乱する事がありますが、概ね一時間以内におさまります。しかしながら混乱の程度により安全のため体幹ベルトなどで一時的に身体拘束をする場合があります。また記憶の障害(日付、人の名前、住所など)が数日から数週間出ることがあります。
循環器系の副作用として、血圧上昇、頻脈がみられますが、いずれも一過性であることが多く、少量の降圧薬で改善されます。術後の頭痛を訴える場合もありますがこれも鎮痛剤で治まるものがほとんどです。
全身麻酔に伴うものとして鎮静剤による低血圧がみられることがあります。筋弛緩薬(全身のけいれんを起こさないために使用)の使用により呼吸が停止するため、人工呼吸を行います。ECTでは作用時間が短い筋弛緩薬を使用し、1週間に2回と頻回に施行するために、開腹術などで行う気管挿管は行わず、マスクを用いた人工呼吸を行います。(気管挿管を繰り返すと声帯が傷つくなどの影響がある。)そのため絶食、禁水が守られていないと、嘔吐などにより誤嚥、気道閉塞、肺炎が起こる可能があります。特に高齢の患者さんでは麻酔からの覚醒が遅くなる傾向があり、危険性が高くなります。
ただ、これまで当院では2,500回を超えるECTを行ってきておりますが重篤な合併症は起こっていません。
最後に
ECTは効果のある治療方法ですが、どのような症例にも有効な夢の治療法ではありません。当院では薬物療法を主体に相当期間治療してもどうしても改善が得られない場合に行っています。
他の医療機関から紹介された場合でも、まず薬物療法を行う余地がないかどうか十分に吟味します。(実際に当院での薬物調整で改善され、ECTを行う必要がなかった場合もあります。)
ECT後も薬物療法は継続することが多いため、患者さんそれぞれの効果や副作用についての情報が必要となります。(紹介状を戴くとき最も必要な情報です。)
医師から本人様、ご家族にECTを勧められた場合は比較的早期に行ったほうが良いですが、本人様、もしくはご家族がご希望される場合は担当の先生と十分にお話をされて、納得されたうえで行うことが重要だと考えます。